時間とお金のない妻子持ちサラリーマンでもできる資金0から月10万円を稼ぐ副業Navi

ボクのように自分の時間とお金がない妻子持ちサラリーマンでも月10万円~を稼ぎ出す副業テクニックを伝授します

生い立ち3

長い1ヶ月の集中教育期間が終わると、次は部活動が始まります。バレー部か吹奏楽部かで迷ってましたが、集中教育の担当の先輩がバレー部で進めてられたのでバレー部に入部しました。

 

悪夢の始まりはここからです。先輩と初めて顔合わせをした時、2年生の先輩に明らかに性格がきつそうな人が1人いました。

 

きつそうな先輩の名前はどうです。後ほど他の先輩から聞いたのですが、どうは周囲から

ジャイアン

と呼ばれていて、人の気持ちがわからない自己中だと教えてもらいました。部活でもプライベートでもどうは悪評そのままでした。


ちなみにどうの酷い行動を以下に書きます。

⭐️部活編
・基本不機嫌
・他人が褒められるとさらに不機嫌
・自分のプレーがうまくいかないと人に当たる
・周囲に相手にされないと帰る
・練習着を毎日誰かに洗わせる
・人の飲み物を奪う
・休憩時間
・試合でもチームの雰囲気を乱すほどの暴言

 

⭐️プライベート(寮生活)編
・マッサージの強要
・パシリ(何々買ってこい)
・どうの部屋の掃除をさせられる
リポDを奢らせれる
・いきなり部屋に来て暴言を吐いて帰る
・お菓子を盗まれる
ジャイアンが可哀想ですよね。これでもほんの一部です。この悪行のせいで、1年半で同期のバレー部は10人→4人になりました。それもみんな退部ではなく自主退学です。


退学する仲の良いバレー部の同期に泣きながら「俺だけ逃げてごめん」と謝られたのを思い出すと今でも涙が出ます。


ボクは今まで人生で人を嫌いになることってなかったのですが、唯一どうだけは大嫌いです笑。


1年半の我慢の末どうの最後の試合が終わった時は、試合で負けたのに嬉しさを抑えきれませんでした。そして「今後ボクたちのバレー部の代には一切関わりを持たないで」と伝え試合会場を後にしました。

 

そこから学校を卒業するまでは毎日天国の様な日々でした。仲の良い同期、後輩と優雅な学園生活をおくれました。


最後まで読んでいただきありがとうございました。
次回は話が少し戻りますが、就職先の選定から社会人生活について書きます。よろしくお願いします。

生い立ち2


高校入学の日。

僕の高校は全員が寮生活をするので入学式より先に寮に入り、色々手続きをして学校に向かう流れでした。

 

クラスに入った時の印象は工業高校だったこともあり、ガラの悪い外見の人もいましたが、賑やかな野球部が数人クラスを盛り上げていてみんな楽しそうな感じでした。

 

そしてはじめてのホームルーム。
クラスの担任の先生から最初に聞いた話は、勉強や部活の話ではなく寮生活の話でした。簡単に言うと
寮では起きる時間、ご飯、勉強、お風呂、掃除、寝る時間まで全て決まっているよ。

 

最初の1ヶ月はそれを先輩達が身体に叩き込むため、殴られはしないけど怒鳴られたり色々とケチをつけられるから頑張って!逆らうことがない様に。この寮生活に於いて先輩は神様だから!

最初の1ヶ月に耐えられなくて毎年1割の人は辞めてくかな。1日目の学校を終えて寮に帰ると怖い顔をした先輩が立っていました。


話を聞くと、各部屋(4人1部屋)に1人指導担当がいて、学校の先生が説明してくれたタイムスケジュール通りに動かないと怒鳴られたり体罰があるとの事でした。


ちなみに僕が初めて受けた体罰は、先輩へ挨拶した時の声が小さく腕立て伏せを50回やりました笑。平日の1日のスケジュールはこんな感じです。

06:30・・・起床、寮の前に集まって人数確認
      (遅刻した人は2キロのランニング)
06:40・・・ラジオ体操
07:30・・・朝食
08:30・・・登校
17:30・・・下校、夕食
19:30・・・門限の時間
20:00・・・お風呂
20:30・・・勉強
21:30・・・掃除
22:30・・・就寝

全て1分でも遅れたりすると、罰則の対象になります。寮生活でのルールも多いです。耳を疑う?(目を疑う?)ものもあるかと思います。書こうか迷いましたが、ボクが書きたかったので書きます笑。

・基本挨拶は大声
・先輩を見かけたら必ず挨拶
 (複数の先輩の場合は人数分挨拶する。一回で済ませない)
・学校に行く時は寮の前で行ってきます。もちろん大声
・帰って来た時はただいま。大声
・ルールを違反して体罰を受けてる人を見かけたら応援する。かける言葉は「頑張れ!!」。ここも大声。ここで声が小さいと自分も体罰
・ラジオ体操の時はリズムに合わせて1〜8までの数字を数える。大声
・お風呂に入る時はタオルを巻かない。巻いたら裸のまま腕立て伏せ
・風呂の前あるソファーは最上級生しか使ってはいけない。(先輩の許しを得た下級生は15分だけ特別に座れる)

その他にもたくさんありましたがざっと書くとこんな感じです。入学した途端に上記を全てこなすのは至難の業で、5月に入る頃には担任の言った通り全体の1割の人が退学してました。

 

しかしこの1ヶ月が終わると、先輩は呪縛から解放されて急に優しくなりました。この後社会に出てやっていけるかの忍耐力を試された感じでした。
こうして1ヶ月の地獄が終わった頃には一年生みんなが1つになり謎の一体感が生まれてました笑。


ここから楽しい学園生活の始まりかと思われましたが、新たな地獄の始まりでした。


最後まで読んで頂きありがとうございました😭😭
次回は新たな地獄〜鬼の皮を被った鬼との出会い〜
です。興味をもっていただけたら読んでみてください。よろしくお願いします。

生い立ち

私は秋篠宮さまがご結婚された1990年に生まれました。当時はとても活発でボクを5分放置してしまうと、家のなかで竜巻が起こったように散らかっていたそうです。その割に病弱で、子供が患う病気は全てかかり手がかかったと今でも言われます笑。

 

私が5歳になる1995年に両親が離婚。母親の実家がある千葉県に移り住みました。実家は祖父母が自営で蕎麦屋を営んでおり、私の母もそれを手伝っていました。

 

自営の飲食業って意外と仕事が多くて朝は食材の仕込み、夜までお店を営業して、閉店後は店内の清掃と帳簿の記入と重労働。仕事時間は午前9時から遅い時では午後10時を過ぎることもありました。

 

余談ですが現在はコロナ禍で上記の仕事を毎日頑張ってる方々が、この仕事の大変さを知らない政府の政策で危機に晒されている事が大変心苦しいです。読まれている個人営の方々がいらっしゃいましたら、どうか希望を捨てず頑張ってください!

 

話は戻りますが、その時の私は毎日誰にも相手にされず、母が仕事を終える頃には心ここに在らず状態で毎日寂しい日々を送っていた記憶があります。当時の友達は折り紙でした笑。

 

小学校に上がると仲の良い友達ができ、毎日遊んでいたので寂しいという気持ちは無くなってましたが、当時流行していたのは、ポケモンなどのゲーム機や遊戯王カードといったボビーを使用した遊びで「貧乏だから、、、」と言う理由でそれらのホビーを持ってなかった私は周りの友人がとても羨ましく思えました。


ゲームで遊んでいる友達が羨ましかったので、この頃の私は友人を積極的に外に連れ出そうと努力してました笑。

 

中学校に上がるとゲーム機→携帯電話(当時はガラケー)になってました。当然携帯電話も買ってもらう事はできず、周囲からは仲間外れにされていました。

 

部活はバレーボール部に所属していて、そのメンバーは優しく仲良くしてくれてましたが、「携帯を持ってないというステータス=他の人より劣っている」と自分で思ってしまっており、周囲に上手く溶け込めず心に穴が空いている感じでした。


気づけば自分の周りには何もないような気がする毎日を送っていて、生きていて何が面白いのだろうと感じていたある日、これからの人生を左右する2つのモノと出会いました。

 

1つ目は村上龍さんが執筆した「13歳のハローワーク」という本です。


社会現象にもなった本なので、ご存知の方も多いと思いますが要約するど、好奇心には無限の可能性がある!人生を開花させるのは好奇心だ!という感じの本でその他にも様々な職業やその仕事内容が書かれていました。


周囲からの影響と元々の性格からすっかりネガティブ引っ込み思案になっていた私に、自分のやりたい事に挑戦してみようと声をかけてくれる様な本でした。

2つ目は学校に掲示されていた、ある高校の受験案内です。

 

日本では知らない人はいないくらいの大企業が運営する企業内高校のようなもので

・授業料全額免除(修学旅行もあり)
・お給料をもらいながら授業料を受けられる
・食事付き寮生活(寮、食費はお給料から天引き)
・卒業後はその企業に100%内定

などの内容でした。当時は特にこの受験案内に魅力はそこまで感じませんでしたが、周囲の人が全て変わるというのと、母親の「貧乏だから」という言葉を聞きたくなかった私は、自分探しをしてみようという思いもあり受験に踏み切りました。

 

母に相談した時も文句は言われず、受験申請まではスムーズにできました。しかし、ここで新たな壁が私に立ち塞がりました。御察しの方もいると思います。

 

そう!勉強です笑。

 

前述に特に勉強については触れてませんが、学力は全校生徒の平均位にでした。しかし、この学力では当然志望校の学力には到達せず、人生で初めて勉強と向き合いました。

 

受験科目は国語、数学、英語の3教科+技術的な適性検査、面接です。受験を決めた7月頭から受験月の12月まで計画も立てず、がむしゃらにひたすら勉強しました。(多分人生で初めて頑張ったんじゃないかな笑)その甲斐あって結果は合格でした。


この時、努力って言葉が少し好きになりました。
ここで努力をすれば相応の結果を作り出せると学びました。最近まで忘れかけてた学びでしたがもう一度思い出してブログ頑張ってみようと思います。次回は高校生活のことを書きます。
最後までよんでいただいてありがとうございました!

自己紹介

はじめまして。こーすけと申します。
ボクみたいに自分の時間のない妻子持ちリーマンでも、少しの時間で稼げる副業を紹介します。

 

以下簡単な自己紹介です。

 

名前:こーすけ
年齢:31歳(2021年時点)
性別:押忍!!

仕事:サラリーマン(営業事務)

体型と血液型:おー型

性格:おしゃべり
家族:可愛い奥さんと超可愛い娘2人

趣味:副業

 

ボクは社会人3年目、当時21歳の頃、先輩から教えてもらった副業が趣味になりポイ活から、投資、投機まで様々な副業をやってきました。

 

その中で会社に依存せず、自分の力でお金を稼ぐことはなんて楽しいのだろう!と感じ、その日以降様々な副業に取り組みました。それぞれがお金を稼げると思い込んでいましたが、その思い込みは間違いでした。

 

100万円する競馬ソフトを買って100万円溶かしたり、FXで1日で500万円溶かしたりと苦悩の方が大きかったかもしれませんが、その経験があったからこそ、現在は良い方向に向かい、生活費+お小遣い程度の額を毎月稼げるようになりました。

 

多分副業やってて失敗のが多かったですが、たくさん失敗したからこそ、つまづく場所を知っている!

 

是非とも皆様にはボクの失敗を踏み台にして効率良く副業を楽しんでいただけたらと思います。今の副業は種類がとても多いので、自分に合った楽しい副業を見つけていただけたらボクはとても嬉しいです😊

 

皆様に利益をもたらせるブログにできるよう、日々精進してまいります。よろしくお願いします。

 

次回より複数回にわたり私の生い立ちを書いていきます。興味が少しでも湧いたら読んでいただけると幸いです😊